東京地方裁判所 平成9年(合わ)337号 判決 1998年3月17日
主文
被告人を懲役一年一〇月に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
被告人から金四〇〇万円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成三年七月一〇日から平成四年七月九日までの間、平塚税務署個人課税第六部門の統括国税調査官として、平成六年七月一〇日から平成七年七月九日までの間、藤沢税務署個人課税第八部門の統括国税調査官として、譲渡所得に係る所得税の賦課及び減免並びにその課税標準の調査を含む資産税事務の総括及び調整等の職務に従事していたものであるが、
一 平成三年九月一五日ころ、茨城県新治郡八郷町下林二六六五番地所在のウイルソンロイヤルゴルフクラブやさとコースのクラブハウス内において、税理士であるAから、同人が関与する譲渡所得に係る所得税の確定申告等の取扱いにつき有利な取り計らいを得たいとの趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、現金一〇〇万円の供与を受け、
二 平成四年一月下旬ころ、神奈川県平塚市松風町二番三〇号所在の平塚税務署において、右Aから、右同様の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、現金一〇〇万円の供与を受け、
三 同年二月九日ころ、東京都港区高輪三丁目二六番二六号所在の京浜急行電鉄品川駅付近において、右Aから、確定申告するべき平成三年分の譲渡所得を有するBほか二名が平塚税務署管内に転居した旨仮装するので、各所轄税務署から平塚税務署に送付される同人らの譲渡所得に係る所得税の課税資料を隠匿又は廃棄するなどして、同人らがその確定申告を行わず、譲渡所得に係る所得税を免れることが発覚しないよう取り計らってもらいたい旨の請託を受け、その謝礼として供与されるものであることを知りながら、平成四年二月二四日ころ、神奈川県平塚市八重咲町六番一八号所在のグランドホテル神奈中平塚において、右Aから、現金二〇〇万円の供与を受け、それぞれ自己の職務に関して賄賂を収受し、よって、同年三月上旬ころ、右平塚税務署において、各所轄税務署から送付された右Bほか二名の課税資料を抜き取って隠匿した上、平成六年七月下旬ころ、同県藤沢市朝日町一番地の一一所在の藤沢税務署において、これを廃棄し、もって、不正な行為をしたものである。
(証拠の標目)《略》
(法令の適用)
被告人の判示所為は、包括して平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一九七条の三第一項、一九七条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年一〇月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、被告人が判示犯行により収受した各賄賂は没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価額金四〇〇万円を被告人から追徴することとする。
(量刑の理由)
一 本件は、税務署の個人課税部門の統括国税調査官であった被告人が、税理士から、三回にわたる合計四〇〇万円の賄賂を収受するとともに、譲渡所得を有する三名の納税義務者について右税務署の管内に転居した旨仮装するので所轄税務署から送付される同人らに対する課税資料を隠匿又は廃棄するなどして同人らの脱税が発覚しないよう取り計らってもらいたい旨の請託を受け、所轄税務署から送付された同人らの課税資料を抜き取って隠匿した上これを廃棄した、という事案である。
二1 被告人は、税務署OBの税理士から食事の接待を受け同人のした所得税の過少申告を不問に付したことを皮切りに、同人から頻繁に食事やゴルフの接待を受け、二度にわたり合計二〇〇万円の現金をもらうなどして次第にこのような接待等に対する罪悪感がまひしていたところ、遊興費欲しさもあり、同人から本件各賄賂を受け取るとともに、同人から被告人の知人の税務職員も同様の犯行を行ってきた旨説明されるなど執ように頼み込まれ、本件不正行為に及んだものである。
本件犯行に至る経緯ないし動機には格別酌量するべき事情はうかがわれない。
2 被告人は、譲渡所得に係る所得税の賦課、減免、その課税標準の調査を含む資産税事務の総括及び調整等の職務に携わる資産税部門の責任者として、脱税行為などの不正の調査をはじめその職務を公正かつ廉潔に遂行し、税務職員の手本となるべき立場にありながら、本件犯行に及んだものである。
本件は、職務の公正を著しく害し、税務職員相互の信頼を裏切るとともに、税務行政の公正さに対する国民の信頼を大きく損なった犯行というべきである。
また、我が国は、申告納税制度を採用しているところ、同制度は、納税義務者に高い倫理性を要求して納税を励行させ、これが励行されない場合には、更正、決定、加算税賦課等の行政処分や刑事処分などによりこれを是正することが予定されているものであるが、国税調査官は、このような制度を維持するために重責を担っているものである。その国税調査官が脱税に協力することになれば同制度の根幹を揺るがしかねない。国税調査官たる被告人は、このような事情を十分承知する立場にありながら、敢えて本件犯行に及んだものであり、この点でも強く責められるところがある。
本件は、重大で悪質な犯行というべきである。
3 被告人が五か月余の間に三回にわたり収受した賄賂の合計額は四〇〇万円と多額である。
4 不正行為の態様も、被告人が、勤務する税務署内において同署に送付されてきた前記課税資料を抜き取り隠匿するなどしたものであり、大胆である。
5 被告人の不正行為の結果、他の税務職員が前記納税義務者三名の譲渡所得を探知しこれに課税することを事実上不可能にさせ、同人らに所得税及び住民税を合わせて一億円余も脱税させたものである。本件が徴税に及ぼした具体的な影響は重大であり、被告人が果たした役割はその面でも大きい。
これらの事情等に照らすと、本件の犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。
三 しかし、他方、
1 被告人は、不正行為を実行するまでの間相当にこれをちゅうちょし、不正行為後は、その罪悪感から、翌年分以降は税理士の執ような依頼を断り、さらに、収受した賭賂の額の一部である一〇〇万円を同人の事務所に持参し、これを返還しようとするなどして同人との関係を絶とうとしたこと、
2 被告人は、本件犯行について、内部調査の途中まで否定していたものの、その後は捜査公判に至るまで一貫して認め、自己の責任の重大さを自覚し、反省していること、
3 被告人は、追徴金の支払に充てるために自宅を処分し、また、懲戒免職処分を受けるなどの社会的制裁を受けていること、
4 被告人には前科はもちろん、前歴もないこと
など、被告人のために酌むべき事情も認められる。
以上の諸事情のほか、昨今、公務員の職務に対する廉直性を疑わせる問題が続発し、綱紀の粛正が課題とされている現状にかんがみると、本件のような汚職事件の再発を防止するために一般予防の見地も軽視することができないことなども総合勘案すれば、被告人のために酌むべき前記の事情を最大限考慮してみても、なお本件が刑の執行を猶予するべき事案であるとは認められず、被告人に対しては主文の刑を科するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役三年、追徴金四〇〇万円)
(裁判長裁判官 阿部文洋 裁判官 伊名波宏仁 裁判官 村川浩史)